Aug
17
しかしあの優勝を「奇跡」とよんだ、ニッポンのメディアの感覚には違和感を覚えた。
違和感というより、「怒り」に近い。
「奇跡」とは、努力したものだけが口にできる「謙遜」の言葉だ。
第三者が、事後にノコノコやってきて、人の偉業を称して使うべき言葉ではないだろう。
私はこの「奇跡」という言葉の使い方に、ニッポンのメディアの「卑屈」が凝縮されているような気がしてならない。
優勝を「奇跡」と呼び、その栄光を矮小化し、自らの身の丈レベルまでダウンサイズする。
この機会を「女子サッカーの普及につなげたい」というサッカー協会と、個々の選手の善意を逆手にとり、ワイドショー記者が選手を追い回し、バカな質問を浴びせかけ、プチ・スキャンダルを演出し、テレビに「出させてやっている」という態度をとる。
「勝利」を「奇跡」とよぶ国民性(終戦の日に寄せて) - 矢澤豊/アゴラ - BLOGOS(ブロゴス) (via lovecake)(via ipodstyle)